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君を別つもの

2014年08月12日 01:37

なぜ自分は生き、君が死んだのか?
なにが二人の生死を分けたのかを、知りたかった…

運だとか、巡り合わせだとか、言葉ではいくらでも言える

しかし、言葉では無いもので、知りたいと思った

どうすれば、知ることができるのか

死の淵に立ってみるのか?

…もしそこに落ちたら、分けるものがなにか、知った瞬間に死んでいるだろう

生きたままで知る事は難しい…



死は友だ。

人は産まれた時より、それに向かって歩いてゆくからだ。

しかし、それだけでは、君が死んだ事の理由にはならないではないか。

動かぬまま、座り込んでいる所へと、薄闇が周囲を覆いはじめて、自分の気持ちまで薄暗くなるのを感じる…


何が生死を分けるのか
それを見てみたい。


それをただ、見ようとすることは、愚かな事だと思う

人はたやすく死ぬし、また、なかなか死なないものだ

ただ、「時」が来るのだった

人は死にたくても死ねないが、「時」が来てしまえば死ねる

誰もがその「時」を持っているのだ

殺す事とは、「時」を告げる鐘のようなもので
時が来ていない限りは、いくら打っても鳴りはしない

人の人生の幕を閉じるということは、時に従うだけなのだろう

人が持つ「時」は、もしかしたら一つではないのかもしれない…

凌ぎきれば、次の時が来るまで死なず
次を凌げば、更に次が来る

「時」を伸ばす事も可能な力を、人は持っているのだ

時を凌ぎきる力。

しかしいつかその「時」は来る。

ただ、それだけが分かった。


戦で死ぬのではなく、むなしく死んでゆく

背徳に耐えながら…

そこへ古い友人が思い立って訪ねてくる。

その甘美で、かすかにときめくような気持ち。

死を背負い、手を汚し
明るい方へ歩きながら

私は待っているだろう…
君に向かうその日まで。




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